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【武豊】どんな条件でも一生懸命だった一頭

2015-01-28 [週刊大衆02月09日号]

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
どんな条件でも一生懸命だった一頭


2月に行われる「フェブラリーS」から暮れの「有馬記念」まで、障害競走を除くと、JRAには全部で22のGⅠ競走があります。この中で、唯一、僕が勝っていないのが……「朝日杯FS」。今年こそはと思っていますが、これが、GⅡ、GⅢとなるとかなりの数にのぼります。
今週末、東京競馬場で行われるGⅢ「根岸S」(ダート1400メートル)もそのひとつです。

僕が競馬学校に入学した1984年にスタート。当時は、4歳(現3歳)以上による混合別定のオープン特別でした。
レース名の「根岸」は、日本で最初の競馬場の名前で、「天皇賞」の起源である「エンペラーズカップ」(後の帝室御賞典)、「皐月賞」の前身である「横浜農林省賞典四歳呼馬」が始まった競馬場です。

僕がこのレースに初めて挑んだのは、デビュー9年目の95年のことでした。当時、すでに重賞に格上げされていましたが、開催時期は11月、距離1200メートルとして施行されていました。パートナーは94年の「皐月賞」(3着)、「日本ダービー」(4着)を一緒に走ったフジノマッケンオー。ナリタブライアンと同世代じゃなければ、もしかしたら、もしかしたかもしれない実力馬でした。

そんな彼のことを思い出すと、今でもちょっと不思議な気持ちになることがあります。その年のGⅡ「神戸新聞杯」(芝2000メートル)を最後に、短距離路線に変更した彼は、岡部幸雄さんとのコンビでオープン「神奈月S」(ダート1600メートル)、「根岸S」を連勝。僕とのコンビ復活で挑んだ芝のGⅠ「マイルCS」でも、ノースフライト、サクラバクシンオーに続く3着に入線。距離さえ短ければ芝でもダートでも、関係なく走ることを見せつけてくれました。

先日、後藤浩輝騎手が逝去されました。自殺とのことだが、明るいキャラクターで、度重なる首の骨折から昨年11月に復帰し、今年もリーディングジョッキーの上位を争っていた不屈の精神を考えると、今でも信じられ…
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